レポート

三重県の看護教育・研究拠点として、1997年に県内初の看護系大学として開学した三重県立看護大学。これまでに1,700名以上の看護師を輩出してきた同大学では、高校生や保護者、高校教員に看護 職への理解を深めてもらうことで入学後のミスマッチを防ぐための取り組みを行ってきた。「高校生のための看護職キャリアデザイン講座」「高校生のためのオープンクラス」など、さまざまなプログラムを提供し、地域の医療機関への人材供給という使命を果たすための挑戦を続けている。
入学後のミスマッチ解消と県内就職率の向上が課題
メディアコミュニケーションセンター長の小池敦教授
看護学部の単科大学である三重県立看護大学は、1997年の開学以来、優秀な看護職者を県内医療機関に輩出するという現代の地域社会において重要な使命を果たしてきた。ただ、看護職をめざすはっきりとした意志のある人材を確保するためにいくつかの課題を抱えていた。
ひとつは、看護職への理解が不十分なまま、保護者や高校教員にすすめられて入学し、自己の職業適性に疑問を抱き、休退学に至る学生が毎年一定数いたこと。また、卒業生の県内就職率を高めるために、県内出身の学生を増やす必要もあった。さらに、現行の学習指導要領で化学と生物を基礎科目しか学ばずに入学する学生が増えたことも看護学を本当に理解する過程において課題となっていた。AP事業を担当するメディアコミュニケーションセンター長の小池敦教授はこう語る。
「もともと本学では、2010年頃から、県内高校での出前授業にあたる『高校生のための看護職キャリアデザイン講座』を実施していました。2014年のAP事業採択を受け、自己の適性を見極めた上で進路選択をサポートする事業や専任スタッフによる入学準備教育にも取り組むことができるようになり、看護職への理解を深めてから入学してもらえる体制が整ってまいりました」

三重の保健医療を支える未来の看護職者を育成する
AP事業の申請にあたり、三重県立看護大学が掲げたのが、「三重の保健医療を支える未来の看護職者育成プログラム」。高大接続はもちろん、大学に入学した学生を地域の医療機関とつなぐ「大社接続」も視野に入れ、多様な取り組みを行っている。
高校生のための看護職 キャリアデザイン講座
その導入となるのが、毎年春から夏にかけて行う「高校生のための看護職キャリアデザイン講座」。まず、6月から7月にかけて、大学の教員が県内の高校を訪れ、「出前授業」を行う。その後、8月に大学キャンパス内で「一日みかんだい生」を実施。「出前授業」に参加して看護職についてもっと知りたいと感じた高校生を対象に看護職者からの講義やワークショップに参加してもらうという流れだ。
「もともと看護師は国家資格であるため、看護職を理解する前に、『資格さえあれば』とこの道をめざしてしまう高校生が毎年少なからずいました。そこで、『一日みかんだい生』では、現役の看護職者を招き、看護職のハードな仕事内容や取り巻く環境の厳しさについても説明するほか、高校生同士のグループで『看護職に求められるものとは』などについて意見を出し合い考えることで、自身の適性やキャリアアップについて見つめ直す機会を提供しています」(小池教授)
高校生のためのオープンクラス
その後、看護職への理解が深まった上で、大学で看護学を学ぶということを実感してもらうために実施するのが、「高校生のためのオープンクラス」。高校の夏休みを利用して、大学の授業を公開し、高校生が大学生と一緒に授業を受けることができるプログラムだ。
授業は、教養・基礎科目だけでなく、看護の専門科目も含まれる。授業内容の難しさを知ることはもちろん、大学ならではの授業の進め方や看護学を学ぶ学生の様子を体感することで、大学で看護師をめざすとは、どういうことかを高校生に事前に知ってもらうのが狙いだ。
看護職キャリアデザインサポート講座
さらに、7月のオープンキャンパスと8月の「一日みかんだい生」に参加する生徒に同行した保護者や高校教員を対象に、看護師の仕事内容、求められる資質などを説明する「看護職キャリアデザインサポート講座」を実施。看護職や三重県内の保健医療を取り巻く最新の情報を包み隠さずに伝え、生徒たちの進路選択時に適切なサポートができるようにアドバイスをする取り組みも行っている。
「入学後の不適合を防ぐには、進路選択に影響力のある保護者や高校の先生にも看護職を理解してもらうことが大切です。両者との関係を深めることは、県内出身学生を増やすためにも重要です」(小池教授)
さまざまな取り組みによって、疑問や不安を取り除いた看護職志望の生徒に対して、入学前のサポートも行っている。
三重の保健医療を支える未来の看護職者育成プログラム交流会
そのひとつが、「地域推薦入試」の合格者とその保護者を対象にした毎年12月に行う「三重の保健医療を支える未来の看護職者育成プログラム交流会」だ。
三重県立看護大学では、県内の高校や医療機関から推薦された約30人の生徒が毎年、推薦入試で合格しており、大学卒業後、県内の医療機関への就職が期待されている。そこで、医療機関の担当者から三重県内の保健医療・看護の現状について説明してもらい、個別相談にも対応してもらっている。さらに、県内の医療機関で働く同大学の卒業生から、入学までの過ごし方や大学生活、進路選択について話をしてもらう機会も設けている。
入学準備教育
これに加え、入学に向けた学力向上のサポートにも力を入れている。それが、12月〜3月まで行う「入学準備教育」。推薦入試合格者に向けて、看護学を学ぶ上で必ず必要になる化学と生物学について、テキストと動画を作成し、インターネットで配信している。これを計2回のスクーリングと課題提出を組み合わせて実施している。
こうした取り組みによって、4月に実施した新入生の基礎学力調査では、推薦入試による入学者は、化学では他の入学者と同程度、生物学では他の入学者より得点が高いという結果が出ており、「入学準備教育」の成果が具体的に表れている。
さらに、「出前授業」などで頻繁に高校を訪ねるようになったことで、地元高校との強い信頼関係も構築されたという。
「高大接続プログラムに参加いただいたことで、高校の先生方が看護職の実状を踏まえたうえで、具体的な進路指導をしてくれるようになったと感じています」(小池教授)
高校・大学・社会をつなぐ人材育成のモデルを構築
AP事業の確かな成果として、進路選択時のミスマッチの減少が挙げられる。特に、事業がスタートした2014年以降、『一日みかんだい生』に参加した上で入学した学生で、休退学者は出ていないという。
小池教授は、積み上げてきた高大接続の取り組みを地域社会ともつなげていきたいと考えている。
「三重県立看護大学のミッションは、地域医療に貢献したいという看護職者をしっかりと育成し、三重県内の医療機関に送り出すことです。今回のAP事業で培った『高大接続』のノウハウを活かして、大学と地域の医療機関を結ぶ『大社接続』も進めていきたい。看護職者の育成は、全国の地域社会の課題です。高校・大学・社会をつなぐ人材育成のモデルをパッケージ化し、全国に発信するのが今後の目標です」

看護学を学び、県内医療機関で働く具体的なイメージができるように
育った場所が高齢者の方とつながりが深い地域なので、看護の分野を学んで地元社会に貢献したいと思ったのが、看護師をめざしたきっかけです。三重県立看護大学のプログラムを知ったのは、高校の先生にすすめられたから。まず、高校1年次に「高校生のためのオープンクラス」に参加して、「老年看護学」の授業を受けました。認知症のケアなどについて学び、もっといろいろ知りたい!と興味を引かれたのをよく覚えています。その後、「三重の保健医療を支える未来の看護職者育成プログラム交流会」に参加し、三重県内の医療機関の方と直接話せたのも貴重な経験になりました。県内の病院の新人教育やサポート制度などを知ることもでき、漠然とした不安が消えて、大学で看護学を学び、県内の医療機関で働く具 体的なイメージができるようになりました。

入学準備教育で科学と生物の基礎を学べたのは自信になった
看護師をしている母の影響で、看護大学進学に興味を持ちました。家で母を見ていたので、看護師に求められる資質はわかっているつもりでしたが、「一日みかんだい生」に参加して、実は看護の現場のことを理解できていないことに気づきました。現在の看護職に不可欠な のは、度胸や忍耐力ではなく、信頼関係を築くコミュニケーション力。この分野に苦手意識があった私は、「頑張らないと!」と勉強のモチベーションが上がりました。その後、推薦入試に合格し入学が決まったものの学力面で不安がありました。そのため、「入学準備教育」で、化学と生物学の基礎を学べたのは、自信になりました。人の命を支える看護学は、簡単ではありません。ただ、事前にキャンパスや授業内容、先生の雰囲気を知ってから入学したことで、不安なく学ぶことができています。
INFORMATION
2019年度 高校生のための看護職キャリアデザイン講座 「一日みかんだい生」
日時:2019年8月8日(木)、9日(金) 10:15~16:00
場所:三重県立看護大学
内容:三重の保健医療について、看護職者としてのキャリア形成についての講義、現役の看護職者からの講義、学生体験談、キャリアデザインワークショップ
申込み:4月以降、ホームページにてご案内します。
看護職をめざす高校生と一緒に、将来像を描いてみてください。
三重県立看護大学
三重県内の医療機関と連携して 地域に貢献する看護職者を育成
1997(平成9)年設立。三重県内初の看護系単科大学で、看護学部看護学科、大学院看護学研究科で構成される。卒業と同時に看護師、保健師、助産師 (選択)の3つの国家試験受験資格が取得できる。 優秀な看護職者を三重県内の医療機関に輩出するという地域における重要な使命を果たしている。