レポート

岡山大学 OkayamaUniversity 国際バカロレア入試を導入しその理念と教育手法を日本の教育現場にも普及する

2012年度入試から、国立大学で初となる「国際バカロレア(IB)入試」を実施している岡山大学。AP事業の採択を受け、その取り組みは、入試の枠を超え、高校や大学の教育現場へのIB教育の理念や手法の普及活動にも広がっている。文系の私立大学が主な受け皿だったIB資格取得者を医学部を含む理系学部で受け入れるチャレンジングな取り組みは、どのような成果に結びついたのだろうか。

自学の教育目標に合致するIB生を積極的に受け入れ


アドミッションセンター長で、入試改革担当の田原誠副学長

岡山大学が国際バカロレア(以下、IB)に着目したのは、2008年度に秋季入学の検討を始めたことがきっかけだった。

近年、注目を集めるIBとは、International Baccalaureateの略。スイスに本部を置く国際バカロレア機構が提供する国際的な教育プログラムを指すもので、認定校には共通カリキュラムが課される。なかでも16〜19歳対象のディプロマ・プログラム(以下、DP)では、決められた課程を2年間履修し、最終試験を経て、所定の成績を修めると「国際バカロレア資格」の取得ができ、国内外の多くの大学への入学が可能になる。さらに、欧米の主要な大学では、DPのHL(上級レベル※)科目を自学の卒業単位として認定している。

海外のIB校はもちろん、国内のIB校の多くはDPを英語で実施しているため、学生の英語力も保証される。日本の大学でも英語とHL科目を卒業単位として認定できれば、秋入学後の3年半で卒業できると想定し、IB資格取得者(IB生)の調査を行った。入試改革担当で、自身も海外の大学で学んだ経験のある田原誠副学長はこう語る。

「首都圏の一部の私立大学では、IB入試が実施されていましたが、大半が文系の学部でした。日本の大学進学を目指すIB生にとって、理系学部の受け皿が少ないことがわかり、私たちが門戸を開放したら、喜んでくれる生徒がいるのではないかと考えました。IB教育の質の高さは、海外でも広く認知されています。加えて、IBで求められる学習者像が本学の教育目標と合致することもあり、IB生の受け入れを決めました」

※DPのHL科目=Higher Level(上級レベル)の略。DPには、HLとSL(Standard Level、標準レベル)がある。

全学部でIB入試を導入選考は原則書類のみ

岡山大学は2012年度入試において、国立大学では初めて、理・工・農学部、医学部保健学科と、目標に応じて学部・学科横断型で科目履修ができるマッチングプログラムコースで「国際バカロレア入試(以下、IB入試)」を実施した。国公立におけるIB入試の先駆者である同大学は、国内大学のIB入試およびIB生の受け入れのモデルになるとともに、IB教育の調査研究を行い、国内での普及に努めることなどをAP事業の取り組みとして掲げ、採択を受けた。

岡山大学では、2015年度(4月入学)から全学部でIB入試を始めた。選考は基本的には書類審査のみだが、教育・医・歯学部では、卒業後に日本語での対話が特に必要となる仕事に就く者が多いことを考慮し、面接を課している。募集人員は、医学部医学科が3人、そのほかは若干人となる。

「海外のIB校に通う日本人が、帰国して日本の大学を一般入試で受験する場合、日本語での筆記試験が課されるため、受験勉強の負担は日本の高校生よりも大きくなります。本学ではIB教育の質の高さから、筆記試験は不要と考えて課しませんでした」(田原副学長)

筆記試験を主な判断基準とする入試では、多面的な思考力、多様な文化や価値観などへの理解、他者との協調性やコミュニケーション能力について十分な評価をすることは難しい。そのため、単純な解の存在しない課題を多面的にとらえて論理的に思考し、さまざまな価値観の他者と協働して、課題解決にあたる知識や能力は大学の教育のなかで育むことになる。しかし、IB生は、国際的な視野やコミュニケーション能力、自律性、多面的な思考力などを育む教育をすでに受けてきている。そんな学生を大学に積極的に受け入れることで、授業改善や学生のグループ活動を通した学内の活性化につなげたいと考えている。


アドミッションセンターのマハムド サビナ准教授

IB入試を利用した入学者の実績は、2018年度秋季入学までで、志願者97人、合格77人、うち入学者は30人となっている。人数だけを見ると少ない印象を受けるが、学内で周囲に与える影響は大きいと、アドミッションセンターのマハムド サビナ准教授は語る。

「IB生は、論理的、総合的に考えることが得意で、グループワークでは多様な視点から積極的に意見を述ベるので、周りの学生は大きな刺激を受けます。また、実験や実習では積極的に動いたり、新たなゼミをつくったりと、強いリーダーシップを発揮しています」

一方で、IB生受け入れの課題も見えてきた。社会や理科なども英語で学んできたIB生の場合、基本的な専門用語を日本語で理解できていないことも多く、教養教育科目の単位を落としてしまうケースも見られた。

「本学では、スーパーグローバル大学創成支援(SGU)の採択を受け、英語を共通語とする課程グローバル・ディスカバリー・プログラムを設置しています。こうした課程で学ぶのもひとつの選択肢でしょう」(田原副学長)

日本で基盤をつくり海外へ 自分を見つめ直した選択

では、IB入試で入学した学生たちは、どのようなキャンパスライフを送っているのだろうか。医学部で最初のIB入学者となった現在4年の住田まどかさんは、父の仕事の都合で住んでいたシンガポールの高校でIB資格を取得した。

「医者になるのは小学校の頃からの夢でした。イギリスの大学に進むつもりで願書を出し、合格ももらっていましたが、親から『これから何人として生きていくのか』と問われ、自分のアイデンティティについてじっくり考えました。その結果、日本で基盤を築いてから海外に出るベきだと考え直しました」

日本の大学を調ベるうち、岡山大学が医学部でIB入試を始めたことを知った。不安もあったが、バカロレア入試担当者から「求めているのはあなたのような人材」と言われ、サポート体制があることを知り、入学を決めた。

「入学当初は戸惑いもありましたが、今は留学希望者のためのネットワークをつくり、後輩のIB生のサポートも行っています。ニューヨークのがんセンターへの留学も経験し、今後は海外で臨床実習を受ける予定です。将来は、日本だけでなく、アメリカでも医師免許を取得したいと考えています」

IB教育のエッセンスを小学校の現場で活かしたい

同じくIB入試で入学した教育学部2年の野村慶太さんは、日本とフィリピンで小中学校生活を経験。高校は広島のインターナショナルスクールに進み、DPの資格を取得した。高校卒業後は、会社経営者の父と同じビジネスの道に進み、東京で2年間の社会人生活を経験。その後、IB入試を受け、岡山大学に入学した異色の経歴を持つ。

「私の場合、やりたいことがいろいろあり、結論が出るまでに2年かかりました。今は小学校の教員を目指しています。これまで日本の公立校や海外の日本人学校、インターナショナルスクールといろいろな教育を受けてきて、IB教育の考え方が日本でも必要だと強く感じています。なかでも小学校は、人格形成において一番影響を受ける時期。国際的なものの見方や考え方、価値観を早い時期から教えたいと考えています。日本の英語教育は大きく変わろうとしています。そんな変革期に日本の教育に貢献できたらいいですね」

IB教育の普及を目的にシンポジウムなどを開催

AP事業採択を受け、岡山大学ではIB入試の活用、普及のためのさまざまな活動にも力を入れている。以下がその取り組みの一例だ。

国内・海外の国際バカロレア校の訪問調査

AP事業採択を受けた2014年度から2017年度の間に、岡山大学のIB入試担当教職員が海外18か国88校、国内29校の国際バカロレア認定校を訪問して広報活動を行った。IB修了生を受け入れる日本の大学の特別な入試制度を周知するとともに、DPの教育内容について、最新の情報交換を行った。

国際バカロレア教育の理解と普及を進めるシンポジウムの開催

岡山大学では、全国の大学におけるIB修了生の受け入れを拡大するための理解を深めるシンポジウムを毎年開催。「国際バカロレアが示唆する新しい高校教育・大学教育改革への活用」(2016年度)、「国際バカロレア修了生の国内大学進学と今後の展望について」(2017年度)といったテーマで、IB教育に関係するキーマンによる情報発信の場を提供している。

国際バカロレア教育の理解と普及を進める勉強会を開催

シンポジウムより小規模なIB教育に関する勉強会も開催している。2018年度には、「国際バカロレア校教員がお答えします!―初歩から実践まで―質疑応答セッション」と題して、IB校で実際に授業を担当する高校教員による質疑応答を行うなど、ユニークな情報共有の場を提供している。

国際バカロレア「知の理論」ワークショップ

IB教育のコア科目である「知の理論(Theory of Knowledge/通称TOK)」の知識を深めるワークショップも開催。対象は一般の高校生から大学生までさまざま。岡山大学のほか、東京、大阪など全国の高校などで、IB教育の理念や学びの手法の普及活動を行っている。

IB教育の「知の理論」を大学の教養教育科目に導入

田原副学長がIB教育の理念を日本の学生にも普及したいと考えるのには理由がある。

「『知の理論』は、『知識が構築されるプロセス』を深く学ぶことで、探究や考察に必要な能力やスキルを修得し、知識を概念化して思考する力を養うことができます。批判的思考力や論理的思考力を鍛えられるこの手法を日本の学生にも普及するため、岡山大学では、『知の理論』を教養教育科目として設置し、大学用にカスタマイズしたワークブックも作成しました。さまざまな科目学習で実践することで、IB教育に通底する自立的で探究的な学習を実現できるようになるのです」

DPの導入校は世界で4600校以上あり、毎年5~6万人がDPを取得している。今後の課題は、IB入試の拡大と、高校へのIB教育の普及によって、高校教育と大学教育、大学入試の三位一体の教育改革につなげていくことだ。

IBの理念や指導方法は、現在、日本が進めようとしている教育改革に取り入れられる点が数多くある。岡山大学はIB入試の実施を通して日本の教育改革にも貢献していく。

岡山大学

学内のグローバル化を加速する 11学部・8研究科の国立総合大学

1870(明治3)年設立の岡山藩医学館が起源。文学部、教育学部、法学部、経済学部、理学部、医学部、歯学部、薬学部、工学部、環境理工学部、農学部の11学部と8研究科を擁する国立の総合大学。「高度な知の創成と的確な知の継承」を大学の理念に掲げる。文部科学省「スーパーグローバル大学創成支援」の採択を受け、学内のグローバル化も進めている。